金庫とは、生活にまつわる様々な「大切なもの」を保管する場所です。より狭義では、「耐火・防盗機能を備えた箱」をいいます。では金庫とは、どのような歴史をたどって現在の姿になったのでしょうか? 大切なものを専用の場所に保管するという行為は、はるか昔から行われてきました。古代ローマではすでに、今でいう金庫のようなものが使用されていたという説もあります。ポンペイの遺跡から発掘された金庫は青銅製の大きな箱で、箱根細工のからくり箱(秘密箱)のような機構をもって錠としています。 この他にも、簡単な錠前は古代エジプト(紀元前2000年ごろ)にはもう発明・実用されていおりましたので、他の形態でも「錠が掛けられる箱」が使用されていたとは想像に難くありません。とはいえ、当時の技術や素材では、金庫自体で現代のような耐火性や防盗性を備えていたとはいえないでしょう。 ですので人類は長い間、いわゆる「金庫番」を立てる事によって、金庫という箱ごと、大切なものを保管していたのです。
近代的な金庫の出現は、産業革命前夜のヨーロッパ、銀行の発祥と軌を一にしてであったろうと推測されます。当時、ロンドンの金細工職人(ゴールドスミス:Goldsmith)のギルドは、金という素材や金細工という商材を確実に守るために、市場から最も信用の高い金庫を備えていました。もちろん、警備も厳重だったと思います。 市場は、金細工職人ギルドの金庫に、大切なもの――より具体的にいうなら“お金”――を預けるようになりました。詳細は省きますが、このいわば貸金庫が、今でいう銀行の発祥だったわけです。この後、銀行の成立とともに、「耐火・防盗に優れた頑丈な箱」、つまり近代的な金庫の市場における潜在需要も高まったのではないでしょうか…貸金庫の信頼性は高いですが、手元にそこそこ信用できる金庫がもしあれば、やはりその方が便利です。 そして、産業革命の産物として、製鉄技術が向上した1800年代の初頭、防盗金庫(burglar-resisting safe)が発明されます。近代的な金庫の登場です。
日本でも金庫には100年以上の歴史があります。江戸時代の後半には、ダイヤル式の金庫を導入しているお店があったようです。この頃の金庫は非常に高価なものでしたが、「銀行」が存在しないこの時代には、売上の保管先として重宝されていたようです。 近代的な金庫の登場が、仮に1800年代の初頭なのだとします。当時の日本は幕末の前夜、シーボルト事件があった頃です。だとすると、金庫が開発されてから日本にもたらされるまでに、タイムラグはほとんどなかった事になります。すさまじい流通力だったといえるでしょう。 ダイヤル式金庫は長く使われてきましたが、近年ではテンキー式の金庫が主流となりつつあります。さらにより新しいタイプとしては、指紋認証式や静脈認証式など、現代的な技術が応用された金庫も流通を始めています。 警察庁が発表している統計によりますと、日本において刑法犯の認知件数は平成15年から11年連続で減少しており、平成25年では約132万件。これは、最多だった平成14年の約285件と比較すると半分以下です。住宅以外への窃盗犯の認知件数を見てみても、平成16年の約12万件に対し、平成25年では約5万件と、やはり半分以上に減っています。日本の治安は、持続的に向上している印象があります。 また、東日本大震災の折り、津波に流された5700個の金庫が、泥だらけになりながらも無事に持ち主の元に返ったという報道が、世界中を驚かせた事も記憶に新しい事です。これは、ひとえに日本人の国民性といえましょう。 こう考えますと、日本は国と国民そのものが、大規模な金庫であるかのようにも思います。ならば果たして、日本のオフィスには、金庫はどれだけ必要なものなのでしょうか? 答えは「とても必要」です。「個人情報の保護に関する法律(いわゆる個人情報保護法)」がまさしく表わしているように、IT革命で高度に情報化された現代において、企業は顧客や社員に関わる情報を厳重に管理する責任があります。これらは資産であると同時に、企業が抱える爆弾でもあるのです。金庫の存在意義は、いや増しているといえるでしょう。 時代とともに、金庫の概念も発達・変容しています。 金細工職人ギルドの金庫のような、頼れるものを選びたいですね。
金庫の機能は、大きく分けて耐火性能と防盗性能に分類され、多種多様な対策が施されています。